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1947年(昭和22)から1956年(昭和31)

長崎県高校野球50年誌より抜粋

昭和22(1947)年

昭和22年から昭和34年まで 田中實監督

●田中實監督(昭和18年から昭和34年まで)
●昭和18年3月卒業、東森英泰(逝去)、寺田 勲(逝去)、染田俊雄(逝去)、堺 財寛、川口信之、松原龍蔵(逝去)
この年が長崎工業高等学校野球部OB第1回生誕生
東森英泰氏は昭和38年16年ぶり長工が県大会で優勝し九州大会(鹿児島開催)に出場を機に、単独後援会的存在でした。
●昭和19年3月卒業,名簿無し
●昭和20年3月卒業,金谷光男、光武誠一
●昭和22年3月卒業,名簿無し
●昭和23年3月卒業,平澤知二良、尾田正人(逝去)、宮田 高
●第29回全国大会県大会決勝 長工7−3東和 
北九州大会、1回戦長工4−2福岡工、準決勝長工2−5竜谷
●第1回九州中学大会 長工0−5鹿児島   (山口幹夫ー下釜保夫)
22hirasawa

春季中学大会

諫早・大村地区(リーグ戦)
長崎工10—0諫早商
長崎工 2—1諫早

第29回全国大会

佐世保大会 
1回戦 長崎工6—1佐世保
2回戦 長崎工11—0佐世保商
県大会 
準決勝 長崎工9—1諫早
決 勝 長崎工7—3諫早
長 工 2 0 3 1 0 1 0 0 0 7
東 和 0 0 0 2 0 1 0 0 0 3
(長工)山口—下釜
(東和)藤本−山北

北九州大会

1回戦 長崎工4—2福岡工
準決勝 長崎工2—5竜谷
竜 谷 0 0 1 2 1 0 0 1 0 5
長 工 0 2 0 0 0 0 0 0 × 2
(竜谷)副島−帯刀  (長工)山口−下釜
諫早・大村地区(リーグ戦)
長崎工4—2諫早商
記録不明長崎工優勝

第1回九州中学大会(1947年昭和22年)

この年秋九州中等学校野球大会が始まる。鹿児島で開催。
夏に引き続き県大会を制した長崎工が張り切って望んだが、
地元鹿児島に0−5の完敗。左腕山口は13三振を奪ったが、
上位打線に打たれ、味方の援護もなかった。
県大会
猶興館中学(平戸)諫早中学(諫早)長崎工業(長崎)の
3校のリーグ戦長崎工が代表
長崎工0—5鹿児島
鹿 児 島 1 0 0 0 2 1 0 0 1 5
長  工 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
(鹿児島)稲富—酒井
(長 工)山口−下釜
▽三塁打 柳原(鹿児島)
▽二塁打 稲富(鹿児島)、平沢(長工)

22kyushu

昭和23(1948)年

昭和23年(1948年)田中實監督

kyushu

●山口幹夫(逝去)、下釜保夫、高瀬助松(逝去)、伊藤博孝、森 勝、山田英敏(6名)
県大会で長崎商に負けるという番狂わせ、前年のメンバーのうち2人が卒業しただけで(山口幹夫−下釜保夫のバッテリーは残っている)県代表の最右翼だった。

 

第2回九州高等学校野球大会(長崎市で開催4月29日から4日間)

中地区
1回戦 長崎工27−2島原商
準決勝 長崎工 5−4諫早
雨による日程延びと長崎工−諫早野再試合で準決勝で終了したのが県大会の前日のため決勝戦はなし
県大会 
1回戦 長崎工7−1平戸
準決勝 長崎工1−2長崎商  山口−下釜
期待されていた長工は県大会で長商に1−2で敗れる番狂合わせがあり県代表は長商と瓊浦
瓊浦は鹿児島商に0−10、長商は臼杵に0−11の完敗

第30回全国大会
◎大村地区、大村、長工、北松の3校が参加記録不明だが長工が地区代表権を獲得
県大会
1回戦 長崎工3−2島原商
準決勝 海星4−1長崎工

第2回九州大会大会
1回戦 長崎工7−0大村
県大会
準決勝 海星6−2長崎工

昭和24(1949)年 学制改革、旧制中学校が新制高校に

昭和24年(1949年)田中實監督

●山口幹夫投手は長工初の西鉄ライオンズのプロ野球選手となる。
強打強肩の下釜保夫捕手は西部ガス(現福岡在住)に定年まで勤務。長工出身としては初の長崎県高校野球の審判員として活躍、
高瀬助松氏は大洋漁業、OB会の総会等で大変お世話になっている。
米島 廣、平山定雄

第4回九州大会

中地区(リーグ戦)
長崎工11−2大村
長崎工26−2島原
以下記録不明

第5 回九州大会

中地区記録無し

第31回全国大会

県大会
1回戦 長崎工4−9佐世保北

昭和25(1950)年、長崎工は長崎市に戻る

昭和25年(1950年)田中實監督

名簿無し

第6回九州大会

長崎市地区(リーグ戦) 長崎工は長崎市に戻る
長崎工7−5東陵
長崎工3−10長崎東
長崎工0−10長崎商
長崎工1−2長崎西

第32回全国大会

長崎市地区
1回戦 長崎工5−10海星

第7回九州大会

長崎市地区記録不明

昭和26(1951)年

昭和26年(1951年)田中實監督

昭和26年5月大橋球場完成

西原洋一、古場登喜男、樋口辰郎(OB会退会)、柿本 茂、小島正

第8回九州大会

県大会
長崎地区記録無し
1回戦 長崎工9−2佐世保商
準決勝 長崎工6−5西海学園
決 勝 長崎工7−2海星

九州大会
1回戦 長崎工0−7甲南
甲 南 0 0 2 0 0 2 3 0 0 7
長 工 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
(甲南)松山ー本寺、前野
(長工)山口ー高比良
甲 南 31 6 6 4 5 1
 
長 工 30 5 11 6 1 3
▽二塁打 下吉(甲)

第33回全国大会

県大会
1回戦 長崎工6−10佐世保北

第9回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工3−9長崎東

昭和27(1952)年

昭和27年(1952年)

●3月西原洋一卒業(長工入学は大村校、グランドの小石拾いとボール縫い。1年だけで長崎復活、長崎商業に間借り、練習は上野が丘の焼け跡(現南山高校)、家の町で卒業。ほとんだ正式な練習は無し、しかし26年春の第8回九州大会 に出場。後輩へのメッセージー走る、投げる、打つ等基本を確実に)
●井出幸雄、中尾 実、山崎健二、木下信夫

第10回九州大会(長崎市で開催)

長崎地区(リーグ戦)
長崎工5−2長崎南山
長崎工4−7長崎東
長崎工5−0海星
長崎工2−12長崎西
県大会
1回戦 長崎工 棄権 鎮西学院

第11回九州大会
長崎地区記録無し

第34回全国大会

県大会
2回戦 長崎工0−5佐世保商

昭和28(1953)年

昭和28年(1953年)

NHK杯大会 始まる
●今村繁敏※、北山芳之※、山口昭則、小松 勲、吉岡正弘(逝去)、田中繁雄(逝去)

第12回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工0−2海星
長崎工1−4長崎東
長崎工0−3長崎西
長崎工0−5長崎商

第35回全国大会

県大会
2回戦 長崎工3−2九州文化
準々決勝 長崎工2−0西海学園
準決勝 長崎工0−11長崎東

第13回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工5−2長崎南山
長崎工1−5長崎東
長崎工1−5海星
長崎工0−1長崎西

第1回NHK杯大会

1回戦 長崎工0−2長崎東

昭和29(1954)年

昭和29年(1954年)

小林 博、宮本和佳、斉藤時夫、福岡孝一

この年の長崎工・宮本和佳投手はめぼしい成績を残していないが、地元社会人野球・長崎大洋クラブを経て昭和33年大洋ホエールズに入団。先発投手として使われ翌年には6勝9敗(在籍4年間の通算では7勝13敗防御率3.38)の成績をあげた。(白球50年雑記帳より)

第14回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工3−8海星
長崎工1−5長崎東
長崎工2−5長崎西
長崎工2−6長崎商
長崎工9−4長崎南山

第2回NHK杯大会

長崎地区予選なし6校すべて県大会へ
県大会
1回戦 長崎工0−8長崎西

第36回全国大会 、大橋球場で全校を集め開催

2回戦 長崎工4−5猶興館

第15回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工3−13海星
長崎工1−7長崎東
長崎工2−14長崎西
長崎工3−9長崎商
長崎工2−2長崎南山

昭和30(1955)年

昭和30年(1955年)田中實監督

●4月中西貞博(OB会顧問)入学
高尾正博、吉田俊夫、大城正道、山崎晴敬、大久保昭男

第16回九州大会

長崎地区(リーグ戦)
長崎工2−12海星
長崎工0−15長崎東
長崎工2−11長崎西
長崎工 − 長崎商
長崎工0−4長崎南山

第3回NHK杯大会

記録無し

第37回全国大会

県大会
2回戦 長崎工3−6九州文化

第17回九州大会

長崎地区
1回戦 長崎工0−8長崎東


昭和31(1956)年

昭和31年(1956年)田中實監督

●前田末義※、時津寿雄、池田 力、森 清美、前田利喜男、立石泰載(逝去)、田崎利徳(逝去)

第18回九州大会

長崎地区
1回戦 長崎工1−2長崎西
敗者復活戦 長崎工0−7長崎南山

第4回NHK杯大会

長崎地区
長崎工2−9長崎西

第38回全国大会

県大会
2回戦 長崎工12−1川棚
準々決勝 長崎工3−4長崎商

第19回九州大会

長崎地区
1回戦 長崎工9−0長崎南山
準決勝 長崎工0−9長崎東
3位決定戦 長崎工1−7長崎西

 

昭和42年(1967年)〜昭和51年(1966年)

 

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